Latte Stone Monument

ラッテ・ストーン遺跡

「島の古代先住民祖先への手向け(たむけ)」

N15  ̊12’30.654” E145  ̊43’3.076

DFSの建物の南西のかどにあるこのラッテの柱(ハリゲ)と冠石 ターサ)は、サイパン島東側の考古学上の出土地からのもの。欧州人がはじめて島々に到着した時には、伝来のチャモロの家の土台の役割をラッテ・ストーンははたしていました。DFS建物の建築に先立ち行われた考古学上の調査の最中に60体以上の古代チャモロ人の遺骨が発見されましたが、この柱・冠石はこの場所がそれらの埋葬地であるということを示すために置かれたものです。ガラパン地区は3000年以上も先住民であるチャモロ人の住居地として役立ってきました。1695年スペイン人によるサイパン島の侵略につづいて、このラッテ・ストーン遺跡のすぐ西側にあるグランヴィリオ・リゾート・サイパン(旧 ハファダイ・ビーチ・ホテル)が占めている場所に、カトリック教会完備の「伝道村」が成立。1750年までには、スペイン当局はサイパン島のチャモロ人人口全員を強制的にグァムへと移住させたので、島には常在の住人がいなくなりました。過去一世紀のあいだの建設活動によってこれら古代の村々の痕跡は地表から消し去られましたが、このガラパン地区全体に考古学上の重要な資源が埋もれているのです。何千年にわたりこの地域に住んでいた古代の人びとの魂にたいする尊敬の念をもってこの場所に接してください。