主たるガラパン波止場の北側には、南洋貿易株式会社(南貿としてよく知られる)の桟橋の残余物がある。南貿は、従前より活動していた南洋貿易日置合資会社が村山商会をドイツ時代に合併したもの。日本領南洋各所に拠点をもった南貿は、当初はコプラとかナマコの買い付けからはじまったが後に貨物・旅客輸送業へと拡大していった。日本時代の南洋の開発と開拓を支配した日本の営利団体三つのうちの一つである。ガラパンにあるその石とコンクリートで出来た桟橋の残余物は、戦前の島々における日本の商業的存在を再認識させるものである。