サイパン神社は1931年に、日本人が香取山と名づけた小さな丘のふもとに建てられた。これは1914年10月に香取山の頂上に創設された香取神社に取って代わってのものであった。1916年に当初の香取神社は強力な台風によって破壊された。そこで香取山中腹の小さな天然の洞窟(現在もあり)に遷座となった。1931年には、砂糖王松江春次がサイパンの急増する日本人人口に対応すべく大きな神社を建てたいと許可願いを提出した。許可がおり同年に新神社が完成し、彩帆(サイパン)神社という社号となった。第二次大戦中、香取山は日・米軍の戦闘の場となった。その砲火により彩帆神社は全焼した。現在、この神社からの唯一の残存物は、灯ろうの基礎そして社号の刻まれた縦長の石柱のみである。1985年香取神社連合会は従前の彩帆神社の敷地に新しい神社を再築することについての許可を得た。これはサイパン香取神社の社号となった。現在活動中の神社ですので尊敬の念をもってこの場所に接してください。